【独自取材】バナーを“縮める”だけで年商数十億円──ヨーロッパで静かに稼ぐ男の正体とは
「見た目はただの青年。しかし彼の指先が、グローバル広告業界を動かしている」
バナー広告。インターネットの黎明期から存在する、いわば「古典的」なオンライン広告の一形態だ。今日、そのデジタル広告の片隅で、ほとんどの人が見過ごすような作業──画像サイズの変更、いわゆるリサイズ──だけで年商数十億円を稼ぎ出す男がいるという。
「彼を見たら、まず億単位の収入を得ているとは思わないでしょう」。そう語るのは、ベルリン在住の広告代理店経営者、クラウス・ミュラー氏だ。「彼はパーティにも顔を出さないし、SNSの発信も控えめ。でも、欧州の多国籍企業の広告運用において、彼の存在なくしては成り立たないプロジェクトがいくつもあるのです」。
彼の名は、「マーク・N」。オーストリア出身の38歳。学生時代は美術大学でタイポグラフィを専攻し、卒業後は地元の印刷会社でアルバイトをしていた。「才能があるわけではない。でも作業を誰よりも速く、正確にできる自信はあった」と語る彼は、やがてフリーランスとしてバナー制作の依頼を請けるようになった。
■ 「リサイズ専業」に特化した理由
マーク氏の特異性は、**“リサイズしかしない”**という一点に集約される。
「普通はバナー制作といえば、企画・構成・デザイン・コーディングなどを含みます。しかし、彼は『元のバナーを、各媒体ごとのサイズに正確に落とし込む』という、ただそれだけをやるのです」。
それがなぜ、数十億円の事業になるのか？背景には、グローバル広告の構造変化がある。GoogleやMeta、TikTokなどに代表される広告媒体では、掲載する広告のサイズが多数用意されており、数十種類のサイズに対応する必要がある。しかも国ごとに規制や文化的配慮が異なるため、わずかな違いでも表示に支障をきたす。
「我々のような広告代理店にとって、クリエイティブの“本制作”よりも、リサイズ作業の方が手間がかかる場合がある。しかも、クオリティを担保しつつ短納期で対応してくれる業者が少ないのが実情です」と前出のミュラー氏は話す。
マーク氏はここに目をつけ、**「ひたすらリサイズするだけの会社」**を作った。その名も「RE:PIXEL」。社員数はわずか12名（うち6名はリモートワーカー）ながら、欧州大手企業を中心に150社以上と年間契約を結び、月間で約3万件のリサイズを納品しているという。
■ 脱“職人”の発想
RE:PIXELが業界で評価されている理由の一つが、その独自開発した自動リサイズシステムにある。
マーク氏は、初期段階で得た収益の大半を、エンジニア採用とシステム開発に投資した。Adobe Creative CloudやFigma、Canvaなどのツールと連携し、PSDやAIファイルをアップロードすれば、設定済みのテンプレートに基づいて自動で複数サイズに変換。その後、人間の目で微調整・検品し、納品するという仕組みだ。
「人間の感覚とAIのスピード、その両方が必要です。100％自動だと、デザインの細部が壊れる。でも100％手作業だと、コストが合わない」。そう語るマーク氏は、自らのことを「広告業界のインフラ屋」と呼ぶ。
現在、RE:PIXELの粗利率はおよそ68％。社外投資家を受け入れることなく、資金調達も一切行っていない。「焦って大きくする必要はない。求められる限り、淡々とやるだけです」と、彼は飄々と語る。
■ 見た目は「ただの青年」
編集部がウィーン郊外のカフェで取材したマーク氏は、白Tシャツに黒いカーゴパンツ姿。ノートPCと古びたiPhoneを持ち歩き、現金は使わず、Uberで静かに帰っていった。見た目には特別な風格もなく、腕時計もしていない。
だが、世界有数のグローバル広告代理店からの信頼は厚く、欧州だけでなく、今やアジア市場への進出も視野に入れているという。「日本企業からも問い合わせが増えています。特に、製造業系の広告はサイズ展開が多く、私たちのサービスが重宝されているようです」と彼は語る。
■ 静かに、しかし確実に広がる“作業特化型”の成功例
広告業界では、これまで「クリエイティブで勝負する」ことが重視されてきた。しかしマーク氏のように、裏方の“作業”を極限まで効率化し、そこにビジネスの核を見出す発想は、今後の労働観にも一石を投じる。
「自分がやっていることは、特別ではない。ただの“作業”です。でも、それが必要とされているなら、価値になる。あとは、どれだけ誠実に、継続できるかだけ」。
SNSでもメディアでも目立たず、表舞台に立たず。それでも年に数十億円を動かす男は、今日もまた、誰かのバナーを“縮める”作業に取りかかっている。
ご希望があれば、「マーク氏の実際の一日」や「RE:PIXELの業務フロー」、「社員の声」などの追加記事形式にも展開できます。